不動産コンサルタント 大野レポート No.13
タカラ塾
2007年12月17日
サブプライム危機とは?NO.2
9月に続いて、2回目のサブプライム危機についてのレポートをお送りします。以下、春山昇華著『サブプライム問題とは何か』…副題 アメリカ帝国の終焉 からの抜粋および日経新聞からの抜粋です。
サブプライムローンの問題が、07年の6月~8月にかけて世界の金融市場を揺さぶった。この間、世界の株式市場は高値から10%以上の大幅下落を経験し、外国為替市場ではドルが一時124円から111円まで暴落した。特に日本国内では8月17日は記憶に残る1日となった。為替は一時前日比で4.46円も円高になり、FX(外国為替証拠金取引)を行っていた個人投資家は多額の損失を被った。同日、日経平均株価は前日比で5.41%(874.81円)の急落を演じ。投資家に冷水を浴びせる格好となった。
市場の激震は金融危機をもたらした。急落に伴い、欧米の金融機関は倒産し、関連商品に投資していたファンドは解散を余儀なくされた。
2007年8月1日から17日までを、『驚愕の17日間』と捉えている。なぜなら、そこが今回のサブプライム問題のクライマックスであった。アメリカの住宅バブルは、05年後半に受託販売のピークを迎えた後、実に2年近くも問題を抱えたまま事実上放置されたのだ。
ピーク(06年7月)が過ぎても、人々は住宅ブームに乗ろうと浮き足立っていた。06年6月のUStodayの一面には、00年以来、住宅平均価格が2倍以上になった都市が30もあるという指摘がなされていた。住宅ビジネスにおける需要と供給の価格のバランスはすでに崩れていた。
06年12月のHSBC、オーニット・モゲージ・ソリュ-ション、ニューセンチュリー・ファイナンシャル、そして07年2月に発生したトール・ブラザーズの事件を契機に、住宅バブルの崩壊は単にアメリカの問題という段階から、世界中を巻き込む金融危機へとステージを変えていくことになった。
このときすでに買い取られた住宅ローンは、仕組み債と呼ばれる金融商品に加工されて、世界中にばら撒かれていた。仕組み債を投資家に売る証券会社からは、儲かる商品として持てはやされた。だが、相次いでサブプライムローンの借主が支払い不能に陥ったことを受けて、市場関係者はこの儲かる金の卵が、腐っていることに気付いた。そして、この「腐った卵」の押し付け合いともいうべき「ババ抜きゲーム」が始まったのだ。
「ババ抜きゲーム」が発生した背景は、組み込まれた住宅ローンの支払い遅延が増加し、ABS(資産担保証券)に入る現金が少なくなった。そのため金利収入だけでは投資家へ支払う分配金が賄えなくなった。そうしたニュースを知った一部の関係者が最初に足抜けをしようとした。つまり、購入したABSに期待されたとおりの分配金が出ないという恐怖がひそかに駆け巡ったのだ。先に売り逃げしなければ損失を被る。それまで順調に推移していた金融の世界でおかしなことが起こる前触れだった。
そんな折、07年2月8日セントルイス連銀プール総裁の発言で、アメリカの金融市場は心理的なパニックに陥る。彼の発言の要旨は、以下のようなものだった。「低所得者向けの貸し出し、新型の住宅ローンなどは、現在収益獲得競争に陥っており、融資基準が甘くなっていろいろ問題が出始めたようだ。しかし、過当競争や甘い基準適用のツケは当然融資した者自らが払うものだ。」この発言を受け、株式市場に衝撃が走った。これまで投資家は、サブプライムがらみの住宅市場の問題に気付いていたものの、住宅市場が本当にまずい状態になったたら、FRBが最後に尻拭いをしてくれると期待していた。こうした当局(金融当局は、このとき水面下で進んでいる金融危機の深刻さには気付いていなかった。)の姿勢を受け、リスクを回避しようとする動きが世界を駆け巡った。そして、上海株の急落に端を発する2月27~28日の世界同時株安が発生したのである。しかしこれとて金融危機の序章に過ぎなかった。
爆弾は導火線に火がついたことに気付いたら水をかけて消すしかない。初期消火に失敗すれば爆発を防ぐことは不可能となる。だから投資家は、爆発を予期した時はできるだけ遠くに逃げようとする。自分被害を最小限に食い止める唯一の手段だ。他人にかまってはいられない。一連の事件が発覚した2月は、導火線について火を消す最後のチャンスだった。2月にパニックとなった市場は6月まで、一旦落ち着きを取り戻していた。その間、初期消火すべき使命を負う中央銀行や金融当局は、状況の深刻さに気付いていないどころか、逆に市場が落ち着きを取り戻したことで、市場に蔓延する楽観を懲らしめようと傍観を決め込んでしまった。そして、金融市場は8月の悪夢のような17日間へ突入した。
エンハンスト・レバレッジ・ファンドは、投資家から6億ドル(約690億円)を集めていたが、投資に際しては集めた資金を担保に借り入れを重ねるレバレッジという手法を使って、手元資金の10倍に相当する、総資産60億ドル(約6900億円)もの額を運用していた。10倍ものレバレッジということは、投資している資産が10%下落すれば、投資家はすべてを失うということになる。非常にリスクの高い運用である。そしてそれは現実となった。ベアー・スターンズが、7月17日にニューヨークで配布した顧客への書簡では「両ファンドは、資産価値の急減少に見舞われました。…中略…07年6月30日時点において、投資家のエンハンスト・レバレッジ・ファンドは、投資家の皆さまにとって事実上無価値となり…」と記されていた。なんと投資家の出資した690億円は完全に消えたのだ。
これと引き金に世界は「流動性クラッシュ」という金融危機に、本格的に突入した。隠されていた証券化商品の暗部が表面化し、万人が「何か大変なことが起こっている」と認識するに至った。
流動性クラッシュの発生とは、市場で儲けようと資金を投じていた投資家がリスクに怯えて、一斉に資金を引き上げてしまい、資金が市場から消えてしまう事態だ。このことは、呑気に自転車操業していた企業や借金を使ってレバレッジをかけた運用をしていたファンドもバタバタと倒れることを意味する。それが証拠に、この後、ヘッジファンドの解約受付中止の発表が相次ぎ、住宅ローン関連企業の倒産が急増した。事態は地獄へと向かっていった。
98年に起きた金融危機では、ノーベル賞学者2人を抱えていたことで有名な巨大なヘッジファンドのロングターム・キャピタルマネジメント(LTCM)の破綻で大騒ぎとなった。しかし今回は世界中で無数の金融機関が同時期に被害をこうむっている。どこが原因なのか特定できないのである。これでは疑心暗鬼が払拭できない。98年の金融危機が一発の原子爆弾だったとすれば、07年の金融危機は無数の小型爆弾が世界中で爆発したようなものだ。
金融当局が個別にできる対応はほとんどないに等しい。なぜなら救援に向かおうにも、負傷者があまりにも広範囲に存在して、どこの誰を救助すればよいのか全くわからないからだ。
「驚愕の17日」前半のハイライトは、8月9日の欧州中央銀行(ECB)による無制限の資金供給の発表だった。証券化商品関連で被害に遭い、資金繰りがつかなくなっていた欧州の複数の金融機関を助けるためだった。
リスクを感じた投資家が証券化商品から金を引き上げてしまうと、金融機関はそれに対応するため換金売りが必要になってくる。しかし証券化商品を誰も買いたがらないから、資金繰りがつかなくなってしまったのである。このままでは銀行が取り付け騒ぎになる可能性がある状態になった。下手をすれば金融恐慌になるかもしれない。FRBもECBに呼応して無制限の資金供給を発表した。ようやく中央銀行が事の重大さを気付いて対応したのだ。
このころから急にサブプライムに関する特集記事や番組が増え始め、詳細な解説が見られるようになった。マーケットが壊れてからでないと、問題の本質が大衆に伝わらないというのは、いつの時代も同じだ。
FRBも連日、資金供給を実施した。不安心理の連鎖を断ち切るべき、世界の中央銀行は無制限にお金を印刷すると宣言した。将来のインフレ・リスクには目をつぶって、当局は信用秩序回復を優先するというのだ。しかし、金融市場は安定しなかった。FRBやECBの態度に対し、逆に「それほどまでに金融市場はひどいのか」と気付いてしまったのだ。
翌週、世界の株式市場は暴落した。投資家が慌てふためき、投売りしたためである。8月17日の日経新聞朝刊には、サブプライムの大特集が組まれた。不安心理は最高潮に達し、市場は悪材料で埋め尽くされた。この日、日本で日経平均が874円下がったのをはじめ、アジア、欧州で6~8月の最安値を記録した。
この夜、FRBがついに公定歩合を0.5%引き下げた。04年から5年も続いていたインフレ懸念対応の金融の引き締めが正式に終わったのだ。山のように積みあがった問題解決への本格的な取り組みは、これから始まるのだ。
ちなみに、07年12月7日付日経新聞によると、ブッシュ米大統領はサブプライムローンの返済に苦しむ住宅保有者への支援策を発表した5年間の金利凍結など金融業界と共同で取り組み、住宅の差し押さえ拡大を防ぐとう内容だ。果たして抜本的な解決にならないとの見方もある。
今後のアメリカの住宅価格に関し、米系大手証券の1社は次のように予想している。標準的なシナリオでは住宅価格はピークから15%下落するが、30%の下落が予想される。また▼30ならアメリカは不況(recession)に陥るという。もしそうなら、不況どころか、90年代半ばの日本のような金融恐慌になるかもしれない。
アメリカの不動産価格と世界経済の関係を述べるには、最初に第二次世界大戦後の、「アメリカを中心として構成された世界経済の構造」を理解する必要がある。アメリカ以外の好景気は、常にアメリカの貿易赤字(=輸入超過、つまり日欧の輸出ブーム)のおかげであった。戦後、アメリカは市場を開放して、外国の貿易品を受け入れる自由貿易体制を採用していた。その背景には、戦後の国際社会で、アメリカが自由主義陣営の覇権を維持して、社会主義大国ソ連と対応する必要があったからだ。覇権維持のために、アメリカは国内の消費者や企業が欲しがるものを、日本や欧州、アジアといった子分に作らせて物を買った。一方では、防衛や金融の仕組みなどを押さえ、親分(宗主国)として振舞うという主従関係を築いたのだ。 こういう「もちつもたれつ」の主従関係は、ローマ帝国、大英帝国、そしてアメリカ帝国に共通する姿である。
アメリカが海外から物を買い続けてくれたから、世界経済は成り立っていた。とすれば、サブプライム問題後の世界経済のポイントも、「アメリカが物を買い続ける力(バイイングパワー)を維持できるか」という点になる。
アメリカのバイイングパワーの源泉は「借金」である。アメリカ人は、世界標準から比べると、信じられないほど多額の借金を背負って生活している。この借金があるからこそ、彼らは薄型テレビや自動車を買うことができる。
アメリカ政府も同じだ。アメリカ国債という借用証書を輪転機にかけて大量に印刷し、それを世界中に買ってもらう。つまり紙を刷って海外からお金を借りている。借金を継続的にできるのであれば、アメリカ人やアメリカ国家のバイイングパワーは維持できるのだ。その借りたお金で、アメリカは国の予算を維持している他、アフガニスタンやイラクでの戦費も賄っている。
アメリカの覇権に関して、もうひとつ気がかりな点は、資源エネルギー価格の上昇だ。かってのアメリカは、豊かな資源に恵まれた大国だった。80年代には農産物を1000億円ほど輸出し、エネルギーは自給自足だった。しかし、現在は、ブラジルから農産物を大量に輸入し、原油も中東頼み、天然ガスはカナダに依存している。資源エネルギー価格の高騰で、資源を持たない国(日本も)は生活コスト、生産コストの上昇に悩まされるが、アメリカも例外ではない。ソ連崩壊後、唯一の超大国という地位を急速に失い始めている。
今回のサブプライム問題や金融危機に対して、中央銀行や金融当局ができる短期的な処方箋は金利の引き下げしかない。先進国はどこも財政難であり、世界恐慌時のニューディール政策のように、大規模な財政出動を伴う景気対策は不可能なのだ。金利の引き下げと同時に市場への資金供給も実施される。つまり市場の流動性が増大するのだ。金利が下がり、市場の資金量が増えれば、企業は借金をして設備投資しやすくなる。そうすると企業活動の活性化を期待し、資金が株式に流れ込みやすくなる。そのため、金利が下がると株価が上がるのである。ただ、金利引き下げと流動性の供給は、問題先送り政策なのかもしれない。根本的な解決をする政策とは異なるからだ。
さて、金利を下げたときは、大量の資金がどこかへ集中的に流れ込むことが常である。そして資金が流れ込んだ地域で別のバブルが発生するのである。
今回のサブプライム問題を契機にアメリカの購買力が失われることが、アメリカ帝国の終わりのはじまりなのかもしれない。と同時に新たな覇権勢力台頭(EU又は中国)の号砲であるのかもしれない。
最後に、アメリカ人が抱えるサブプライムと同種のことが、これから日本で起こるのではないかと予想している。最近話題になりつつある、自宅を担保にして銀行などの金融機関から借金をし、その借金を年金という形で受け取る「リバース・モーゲージ」制度の悪用がなされるのではないかという懸念からだ。
現状では、申し込みの条件等が結構厳しく、使える地域が限定されているなど、まだ万人向けではない。
少子高齢化なども手伝い、資産を引き継ぐ子供がいない世帯が増えれば、この分野の商品がさらに発展することが予想される。需要があれば、それに対して消費者の希望を満たすように工夫した商品が提供されるのは世の常である。また、需要があるところには必ず悪徳金融商品も出てくる。今は、審査などの基準も厳しく、きちんとした金融機関が手がけているが、悪徳な「リバース・モーゲージもどき」商品が出現するのは時間の問題ではないかと考えている。
なぜなら、リバース・モーゲージという仕組みを必要とするのは、現状なら今後の団塊の世代である。「それなりの資産があり、金融知識の少ない高齢者」というのは、悪徳金融業者にとっては、騙しがいのある極めておいしい餌であるからだ。紙面の関係上、これらに関しての詳細は後日の機会に譲ります。
最後に、今回のアメリカの空前絶後の住宅バブル、サブプライム問題、それらが引き起こした世界的な金融危機とは、過去20年ほどの間に起こった世界経済の構造変化を反映したもので、目の前で起こりつつあることを理解したり叉今後起こるであろうことを予測するには、より大局的な考え方を持って現実に対処することが肝要である。
タカラ塾塾長 大野 哲弘